初めて家に来る人には家中を案内するのが礼儀?

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違う国に行くと習慣や考え方、いろいろなことが違っていてカルチャーショックを受けますよね。

小さな事だけど、これってカルチャーショック・・∑(´□`;)?と思った出来事のひとつを紹介します。

親しくなると家を見せる

アメリカに住んでいるといろいろな国の人と会う機会がたくさんありますが、この習慣はアメリカ人の友人と会ったときに感じる小さいカルチャーショックな出来事です。

知り合って仲良くなり家に遊びに行くと大抵の場合、

「家に来るの初めてだよね、案内するね」

といって家中の部屋をみせてくれるのですが、リビング、ダイニング、ベッドルームやバストイレ、屋根裏や地下室まで、細かに案内してくれます。

 

日本人の感覚からすると、主寝室やクローゼットまで、いくら親しいとはいえ個人的な空間までオープンにされると、なんだか見てはいけないような感覚になります。

遠慮していると、逆になぜ遠慮しているのか不思議がられます。

入っちゃいけない場所なら最初から見せないよ、という感じらしいです。

 

そして相手を自分の家に招待すると、今度は同じような対応を期待されます。

始めのころは家を見せるという感覚に慣れていなかったので、クローゼットに脱いだ服が落ちていたり、ベッドの布団が起きた時のままの状態だったりして、見せてと言われて内心少し焦ったりしましたw

単に私がずぼらなだけ、ですねこれはw

 

でも、なぜ家中を見せるのかと考えてみましたが、見せる立場だと照れ臭いような感覚もありますが、案内された側に立って考えてみると確かに家を案内してもらった後は妙な安心感を感じたというか。

家を案内してもらったあとは、トイレに行きたいときも場所を分かっているし、確かにリラックスできたような気がするんです。

よくある英語の表現に、「Make yourself at home」という言葉がありますよね。

この表現は家にいるようにリラックスして、という意図がありますが、相手にそうなってもらうために家を案内するのかな、と考えるとなんとなく腑に落ちました。

 

猫も、初めての家に連れてきたときは家中を散策してテリトリーを確認しますよね。

猫とは違うかもしれませんが、始めてくる建物内の、その行動してもいい範囲を知るだけで、安心感がうまれるんだなぁと感じました。

 

それからは家を見せるのが一種の礼儀のようなものなのだと理解したあとは、友人がくるとなると家中を片付けるようになりました。

そういった意味で、私にはいい習慣のようです(;’∀’)

(注意:家を案内しないアメリカ人も大勢いますし、感じ方には個人差があるかもしれません)

rawpixel / Pixabay

 

ドアは部屋に人がいる/いないの目安

もうひとつ家に関する小さいカルチャーショックです。

日本にいると、ドアは開けたら閉める、というのが当然のような感じをうけませんか?

親にもよくそう言われたように記憶しています。(うちだけかな。。。?)

 

一方、アメリカ人のお宅にお邪魔していると感じるのは、ドアの状態で入っていいのか悪いのかの目安になっていると感じます。

入ってほしくない時はドアを閉めておく、逆に入っても大丈夫な時はドアを開けておく、といった感じです。

確かに、トイレやシャワーもドアが閉まっているときいちいちドアをノックして中に人がいるか確認しなくても、ドアが見える位置にいたらドアの開け閉めで分かるので効率的ですよね。

義実家に滞在している時も、ドアを開けっぱなしにしておくと部屋に入ってこられるけど、入ってきてほしくないときは閉めておけばいいんだ、と気づきましたw

 

後から理屈で考えると当然のように思えますが、始めは”いつでもドアは閉めておくべき”という感覚でいたので、これも小さいカルチャーショックなのかなと思います。

(注意:これも、ご家庭によって差があるかもしれませんし、感じ方もひとそれぞれだと思います。また個人宅に限ると思います。)

StockSnap / Pixabay

 

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