日本語はSpiritual、英語はPhysical?

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以前テレビで、”日本語は内面的な表現が多い、英語は体面的だ”ということを言っているのを見ました。

それを聞いて、なるほどそうだな、と思ってしまいました。

Spiritual=内面的、Physical=体面的? 感覚の違い

 

例えば、日本語で頑張ってね、って励ましたいときは、「緊張しすぎずにね」とか「一生懸命やったらいいよ」とか、気持ちの面の表現が多いですよね。

そもそも「頑張って」という表現自体、少し曖昧な気もしますし。

 

対して英語では、「keep it up(今していることを続けて)」とか「hang in there(踏ん張って)」とか、具体的なイメージできるものが多いようです。

「Good luck」とかは幸運を祈る、「break a leg」は頑張ってという意味、など共通な表現もありますが。

 

子育ての場面でも例えば子供が転んで泣いた時、「痛かったね、よしよし」と痛くて泣いている内面を表現しませんか?

アメリカ人の友人がよく言っているのですが、こういう時は「You are ok」と子供に断言しています。

彼女曰く、「子供は泣いている時に、大丈夫?ばっかり言うと余計に不安になって泣くから、こういう時は断定するの」と言っていました。

なるほど、なんかアメリカンな感じ。

 

確かに、彼女の子供はいつもすぐに泣きやみますし、平然としています。(もちろん年相応の反応をすることもありますが)

でも、「痛かったね」と泣いている子供の気持ちに寄り添ってあげて、それを過去形で言う日本語の表現は世界でも評価されていると聞きました。

過去形でいうことによって、その痛みは過去のものとして乗り越えられるようになるらしいです。

なんかセラピー的ですよね。

crying baby

TaniaVdB / Pixabay

感覚の違いって面白いですよね。

例えば、日本人は四季を愛でる民族ですよね。

春になれば桜が咲き、桜を見て春を感じるためのイベントがある。桜の花が散るのを見て美しいと思い、はかなさや切なさを感じる。

 

でもこちらで桜が咲いているのを見てなんだか嬉しい気持ちになってそれを夫やアメリカ人の友人に話すと、

「なんで?確かに桜はきれいだけど」という感じで、ただ桜が咲いていて綺麗だ、という感覚でしかないようです。

アメリカ独自のイベント時には私には分からないアメリカ人独特の感覚があるのかもしれませんが、

全体的に、日本人が感傷的であるのに対してアメリカ人は淡々と表面をとらえる、というのが多い気がします。(逆に言うと、裏表がない、ということでもあります。)

 

どっちがいいという話ではなくて、

日本の感覚には日本の感覚の良さ、英語の感覚には英語の感覚の良さがあって比べると面白いなぁ、と思ったのです。

 

sense

geralt / Pixabay

 

時々、ネットで簡単な翻訳の仕事を見つけてやってみたりするのですが、日本語から英語に直すと、なんだか味気なくなってしまうような気がするんです。

ただ単に私が日本人で日本語の感覚だからだと思うのですが、細かい表現なんかを英語に訳してオリジナル文の味をそのまま残す、ということが結構難しかったりします。

それはなぜかと考えてみた時、やはり内面的な表現が多い日本語から、具体的な表現が多い英語に直すからではないかと思います。

翻訳したものを夫に見せて確認してもらうのですが、よく、「原文が分からないから何とも言えないけど、なんか回りくどいなぁ」と言われます。

それはオリジナルの味をなるべく残したいからだ、と言うと納得してくれるのですが。

 

・・・ていうかそもそも、私の英語の細かい表現力がないだけ、ってことかもしれません。いや、絶対そうですね!長々と失礼しました。

これからも勉強頑張らなくちゃ。

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